第1話[3]

 ケースの中に居ても、離れた場所での会話を聞き取るほどの聴覚を持っているドラゴンには驚愕である。
『奴らだ!!』
 ケースの中身が叫んだ。
『ただの捜索隊じゃない!“おいら”を狙ってる!!』
「やだなぁ……奴らが持ってるの、あれ探知機じゃないの?」
はぁっと溜め息を吐いて、嫌そうな目で二人組を見た。あっちはまだ気付いていないようだ。厄介ごとになると非常に面倒臭いので、気付かれないように敢えて堂々と通ることにする。
「(普通よ、普通!)」
『(おう!)』
ケースを持つ左手に力が込められた時、
「あ、ちょっと」
 背の低い方が持つ探知機のランプが、薄く光っていた。チカチカと点滅するレモン色の光は、真っ昼間ならば見逃していただろう。自然な呼び掛けに見せ掛けたが、長身の男は後輩のアイコンタクトに簡単に気付いていた。リーダーから聞かされていた保持者の情報が頭の中を駆け巡る。
ー女、茶髪、細い身体、首のスカーフ、そしてテナートロンボーン……ー
「(間違いねぇ)」
 ぼそりと言ったその言葉は、後輩の耳にしっかりと聞こえていた。短身の男はなおも自然なやりとりを続けようとする。所詮、捜索隊だということは側から見てばれているのだから、楽器変化ドラゴンの保持者に何を言ったところで聞き入れてもらえないのはわかっているのだろうが。
「その楽器、ちょっと変わった感じがしますね。見せて頂けませんか?」
 完全に目を付けられていたことを悟り、セピアは減速し、やがて止まる。捜索隊二人をしっかりと見た。ドラゴンは所持していない。下っ端か。だが確実に狙ってくる眼光がある。二人ということもあり、隙も少ないだろう。逃げるための状況把握をしようとして周りをぐるりと見回した時、二つの瞳に何かが映った。
 先の曲がったクラリネット、ピストンが欠けているトランペット、ねじれたフルート……それらは瞬間的に何が起こっていたかを物語った。ドラゴンではなかった楽器は、次々と壊されていたのだ。瞳に映ったそれは、電撃となってセピアの身体を駆け巡った。震えがセルリアンにも伝わってくる。
「セル」
 小声だが、よく通る声でセピアは言った。
「ちょっと吹くよ」
『はぁ!!?』
 先程まで厄介ごとは嫌だなどと言っていたはずなのに。
「良いわよ」
 組み立てられるトロンボーンを見て、二人組は微笑している。
 ーーカシャン。
 銀色のトロンボーンが、姿を現した。
「ちょっと変わった楽器“変化ドラゴン”、これで満足したかしら?」
 セピアは薄目で笑って言う。
「いいや、まだまだ足りねぇな。」
 長身の男が言った。少しずつ少しずつ、距離を縮め、迫ってくる。
「そう。折角珍しいもん見せてあげたのに」
「生憎だな!こっちはそれを“捕まえ”に……」
「!?」
 チリッと、楽器の繋ぎ目の辺りから火花が飛び散っているのが見えた。楽器変化ドラゴンの所有経験がない二人は距離を縮めるのを止めた。だが、その危険な楽器は二人が思っていたよりも遥かにーー
「残念ね!あたしたち、あんたたちに捕まる気なんかないのよ!!」
 言い終わると、セピアは肺いっぱい息を吸い込んだ。鼓膜の奥の奥まで震わせて、一時的に平衡感覚を失わせてしまおう。そして勢い良く息を吹き込む。ベルから飛び出したのはfffの爆音とーー
「あっちーーーっっ!!!」
 温度が低めの赤い炎。触れてすぐに消せば、軽い火傷程度で済むだろう。
「く……くそっ!つか……捕まえろよーー……」
「無理ですよー!消すのでいっぱいいっぱいです……!!」
 ぱたぱたと騒がしく炎を消す。
「……なるほど、こーんな逃げ方もあったのね」
『ひどいなぁ!おいらだってドラゴンだよ!?楽器に変化してたって火くらい吐け』
「はいはい」
 カシャ。
『あーっ!!』
 長居は危険だ。セピアはすぐにまた、トロンボーンを解体しだした。セルリアンの熱弁は無視された。
 バチンと少し乱暴にケースを閉めると、すくっと勢い良く立って、走りだした。
「それじゃねっ!おじさん!!」
 その言葉は明らかに長身の方へ向けられていた。
「おっ……おじさん……!?」
「あー老けてますからー」
「なんだと!!?」
 未だ火を消している二人に、さらに喧嘩が加わった。そして少し目を離した隙に、セピアは猛スピードで走り去ってしまったのだ。
「くそーっ!!逃がすな!!折角見つけたのにー……」

***
 ラガフ郊外、レック湖畔。
 海と見違えそうに大きく、反対側の岸が見えない程のこの湖は、風で静かに波を立てていた。
「ハァ、ハァ……」
走った後の酸素を求める声と砂を踏む音とが、波の清音に重なる。